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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第2節 権力の天秤 [13]




「前にも言ったはずだ。僕の素性が知れたのは教頭の浜島先生のせいだ。僕が自分から明かしたワケじゃない」
「でも、私の謹慎を解除したのは自分の力だと思ってるわよね?」
「いい加減にしてくれっ」
 言うなり掴んでいた美鶴の手首ごと腕を大きく振った。振り回されるように美鶴は立ち上がった。ヨロける相手の手首を離しはしたが、今度は両肩を捕まえる。
「美鶴、いい加減にしてくれよ。僕は君に恩を売ろうなんて思ってないよ」
「どうかしら?」
 挑発するようなふてぶてしい視線が、瑠駆真の心をかき乱す。
 なぜだ。なぜわかってくれない。なぜ僕の気持ちを美鶴はそうやって捻くれて捉えるんだ。僕はただ美鶴を幸せにしてあげたいだけ。僕と二人で、誰にも邪魔される事なく幸せになりたいだけなのに。
 権力なんていらない。周囲からの羨望も、取り巻きのような女子たちの存在も、言い寄る同級生の存在なんて鬱陶しいだけなのに。
 次々と湧き上がる想いに溺れそうになり、何を言えばいいのかわからず、瑠駆真は無言で美鶴を抱きしめてしまった。
「離せ」
「嫌だ」
 さらに強く抱きしめる。
「苦しい」
「美鶴が悪い」
「私は何も悪い事は言っていない」
「なんでわかってくれない?」
「権力を振りかざすヤツの気持ちなどわかるか」
「僕は振りかざしたつもりはない」
「やっている事は同じだ」
 腕の中で、憮然と低い声で反論する。
「あんな高級な部屋を無条件に貸してくれて、今度は私の謹慎を解いてくれた。お前の金と権力の使い方には、感心する」
「美鶴」
 腕の中でもがく美鶴。逃がすまいと力を入れる。
 そんな瑠駆真が、美鶴には不愉快だった。
 卑屈な視線で美鶴を睨みつけていた中学時代の瑠駆真。ラテフィルへ行こうと、学校など辞めてしまおうと美鶴を誘った瑠駆真。そんな輩が、身分を振りかざして一気に権力の上部へと()し上がる。
 不愉快だ。瑠駆真が、そんなヤツだったなんて。
「不愉快だ」
「僕は、君に、幸せになってもらいたいだけ」
「私は誰かに幸せにしてもらいたいとは思っていない」
「でも僕は、君を幸せにしたい」
 僕の手で幸せにしてあげたい。
「余計なお世話だ」
 瑠駆真の言葉にピシャリと言い返し、再び身を捩る。
「離せ」
「嫌だ」
「苦しいから離せよ」
 だが瑠駆真は腕を緩めない。
「離せ」
「ヤダよ」
「ったく、いい加減にしろ。お前も聡も」
 離すなんて、そんな事できない。誤解されているのに手放すなんて、できるわけないだろう?
 ほら、こうやって抱きしめると、美鶴の暖かさが伝わってくる。こうやって暖かい気持ちになれるのなら、美鶴に文句を言われるのくらい、何でもない。むしろ耳元に美鶴の声が響いて、気持ちがいいんだ。
 責められながらそれを心地よいと感じてさらに強く抱きしめようとした矢先。
「離せって言ってるだろう」
 美鶴の声なんかよりもずっと低く、そして怒りと憤りを込めた声。
 背後の声に瑠駆真は瞳を細め、やがて閉じ、そしてゆっくりと開けながら腕を緩めた。気怠るそうな動きで肩越しに振り返る。
 小さな瞳とぶつかる。火花が散る。
「タイミング良過ぎないか?」
「うっせーよ。美鶴から離れろ」
「離れてるじゃないか」
 言いながら瑠駆真は一歩下がり、両手を軽く広げる。
「早いな。校門で女子に囲まれてたから、もっと遅いかと思ってた」
「十分遅過ぎるよ」
「もっと遅れても良かったんだよ」
「なにっ!」
 バチバチという音でも聞こえてきそうな剣幕。美鶴はうんざりと舌を打ち、さっさと椅子に腰をおろそうとして、だが中途半端に動きを止めた。
「あ」
 漏らしてしまった声に、瑠駆真も、そして聡も敏感に反応する。
「何?」
 見つめられ、やや面食らったように軽く仰け反る聡。だが美鶴の視線の先に居るのは残念ながら自分ではないと悟る。
 何だ?
 振り返り、そして言葉を失った。
 別に驚いたワケではない。ただ、わからないのだ。その人が誰なのか。
 長身の聡の背後から少し身をずらして中を覗き見るような女性。その姿に、美鶴はおろしかけていた腰をビンッと伸ばした。
智論(ちさと)さん」
 呼ばれ、智論はヒョコッと肩を竦める。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「いえ」
「お邪魔だったかしら?」
「そんな事ありません」
 言いながら慌てて机の上を片付け始める。待ち望んでいた智論が現れたのだ。今日はもう勉強どころではないだろう。
 適当に教科書やらをかき集め、智論に入るよう促そうとして、言葉に詰まる。
 二人を見比べるように視線を動かす、二人の男子。
 う、この二人の前で智論さんと話をするのか?
 ……… 無理だ。
 瞬時に判断し、すべての物を鞄にぶっ込んだ。
 突然あわただしく動き出した美鶴の態度にやや唖然と目を丸くする瑠駆真と聡。直前までの緊迫した対決熱が中途半端に冷めてしまい、さらには素性の知れない女性の登場にただ状況を見守るばかり。
 一方智論の方も、邪魔ではないと言いながらバタバタと動き回る美鶴に、かける言葉が見つからない。
 そんな、少し間抜けた室内にあって、ただ一人美鶴だけが(せわ)しく動く。そうして、教科書も筆記用具もすべてを鞄に仕舞いこみ、上着を着込んで姿勢を正した。
「よし」
 その一言に、場の全員が瞬きをする。







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